シャロン・テート事件とは?悪の象徴チャールズマンソン、タランティーノ新作品と関連あり

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2019年8月30日にクエンティン・タランティーノ監督の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開します。

 

この作品は、事前の情報では「タランティーノがレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットのダブル主演で1969年に起こったシャロン・テート殺人事件を描く」という内容でした。

 

この”シャロン・テート事件”というのが調べていくと

 

アメリカの文化や人間の闇の部分が出てきており、なかなか興味深かったので記事にしてみました。

 

これから『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を見ようと思っている方も事前知識として必須の事件なので、ぜひご一読を。

 

シャロン・テート事件とは?

シャロン・テート事件とは、アメリカの女優シャロン・テートが1969年にカルト教団4人により妊娠していた子と共に殺害された事件です。

 

このシャロン・テート事件の詳細について、Wikipediaより抜粋します。

 

1969年8月9日、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者達の一人、スーザン・アトキンスen)ら3人組によって、一緒にいた他の3名の友人達と、たまたま通りがかって犯行グループに声を掛けた1名と共にロサンゼルスの自宅で殺害された。

 

マンソンはシャロンの前にその家に住んでいたテリー・メルチャーen)が、マンソンの音楽をメジャーデビューさせられなかったことを恨みに思っていた。

 

当時シャロンは妊娠8か月で、襲撃を受けた際に「子供だけでも助けて」と哀願したというが、それが仇となりアトキンスらにナイフで計16箇所を刺されて惨殺された。ポランスキーは、生まれることなく死んだわが子にテートと自らの父の名を取ってポール・リチャードと名付け、テートとともに埋葬した[1]

出典―シャロン・テート

 

この事件の重大な部分に関わっているのはカルト教団の主犯であるスーザン・アトキンスをコントロールした、教団代表のチャールズ・マンソンです。

 

シャロン・テートが殺されるきっかけとなったのは、チャールズ・マンソンに恨みを持たれていたわけではなく、

 

むしろシャロン・テートが引っ越してきた邸宅に住んでいた前住人の方なのです。

 

チャールズマンソンの一方的な逆恨みによって罪もない人間が殺され、教団の代表としてたくさんの人間を操作し犯罪に手を染めてきたのが”チャールズ・マンソン”です。

 

では、シャロン宅に住んでいた前住人とチャールズ・マンソンとの関係はどういったものだったのでしょうか。

 

シャロン・テート事件の黒幕”チャールズ・マンソン”とは?

チャールズ・マンソンとは、狂信的カルト教団を作り上げた教祖です。

 

そして、チャールズ・マンソンがそのような教団を作り上げることができたのにもアメリカで流行した『ヒッピー文化』との関係がありました。

 

当時、1960年代後半はベトナム戦争が起きていたころで、アメリカではベトナムから逃れた徴兵や若者たちの間で”ヒッピー”を迎合する人たちが増えてきました。

 

それは、当時主流であった核戦争や軍事的な活動に対抗するもので、音楽や麻薬、非暴力で自分のやりたい事をしてよろこびを表現しよう、という文化です。

 

世間が「愛と平和、非暴力で自由な社会を」と熱を上げている中、チャールズは刑務所から出てきたばかりでした。

 

チャールズにとってこの自由な文化がとても性に合っていたのか、家出した少女等を集め数人とともに共同生活し始めました。

 

そして、彼は作曲などの音楽活動をするようになり、元々親交のあった音楽家のデニス・ウィルソンから支援を受けながら作曲活動を続けては、

ヒッピー文化にあやかり自由な生き方をしていたようです。

 

その後、作曲活動を続けていたのち、デニスの紹介で音楽プロヂューサーのテリー・メルチャーと出会い、そこからレコードデビューを本気で目指すようになります。

 

しかし、彼の思いはむなしく、テリーはチャールズ・マンソンのレコードデビューを支援することなく終わります。

 

そこからチャールズ・マンソンの逆恨みが始まります。

 

「メジャーデビューできなかったのはテリー・メルチャーのせいだ」と日に日に憎しみばかりが募り犯行に至ったのです。

 

つまり、話を戻すとシャロン宅に元々住んでいた住人は”テリー・メルチャー”で、テリーに復讐をするためだけにシャロンが殺害されることとなったのです…

 

シャロン・テート事件のその後

シャロン・テート事件の後、チャールズ・マンソンは獄中で亡くなりましたが、彼の犯行や生い立ち含め、

 

アメリカン・ポップ・カルチャーの中での汚点として広く知られることとなりました。

 

そして、マリリン・マンソンからは「悪の象徴だ」とされていたり、

 

チャールズ・マンソンが犯行に至る前に聞いていたビートルズの曲『Helter Skelter』が事件のきっかけになっているなど、

 

アメリカ文化のネガティブな部分を象徴している事件であるようです。

 

ビートルズの楽曲『Helter Skelter』の歌詞↓↓↓

【歌詞和訳】Helter Skelter-The Beatles

 

このシャロン・テート事件は人間の狂気によって罪のない人が惨殺された事件です。人の恨みや狂気は、時として恐ろしい結果を招くということを思い知らされる後味の悪い事件でした。

 

 

 

 

 

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