世界一ミステリアスな本―誰にも解読不可能な”ヴォイニッチ手稿”とは?ついに解読なるか

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皆さんは、この世界で『一度も正確に解読されたことのない書物がある』ことをご存知ですか?

その書物は『ヴォイニッチ手稿』と呼ばれ、オカルト板などでしきりに話題になっている謎の書物です。

 

以下、Wikipediaより抜粋しました。

ヴォイニッチ手稿(ヴォイニッチしゅこう、ヴォイニッチ写本ヴォイニック写本とも、英語: Voynich Manuscript)とは、1912年イタリアで発見された古文書写本)。未解読の文字が記され、多数の奇妙な絵が描かれていることが特徴である。

出典―Wikipedia

 

1900年代初頭にイタリアで発見されて以来、正確に解読できた人間が誰一人として存在しないのだそうです。

今回は、そのヴォイニッチ手稿について書いていきます。

 

ヴォイニッチ手稿とは?どんな書物?

ヴォイニッチ手稿に描かれている実在しない植物

『ヴォイニッチ手稿』という名前に関しては、1912年に最初に見つけた人物がアメリカ人で古書収集家のウィルフリッド・ヴォイニッチから名付けられたそうです。

つまり、その書物自体が何なのか分からないため、適切な名前を付けることすらも難しかったのだと思います。

 

ただ、『ヴォイニッチ手稿』と聞いてもいまいちどんな書物なのか想像しにくいので、インターネットにある文献の中からおおよその情報を集めてみました。

 

・大きさは約23㎝×16㎝×5㎝

・240ページに及ぶ羊皮紙

・文字は左から右読み、奇妙な挿絵が多く描かれている

 

大きさなどから、イメージはB5サイズ程度の雑誌や週刊誌くらいの大きさです。

 

中を開くと、解読不明な言語と共に様々な挿絵が使われています。

その挿絵は章ごとにテーマがあり、植物や花、銀河や星雲、そして女性の裸の絵などです。

ここで不可解なのが、まずこのヴォイニッチ手稿の中に描かれている植物や花はどの歴史をさかのぼっても正確に一致するものがないそうです。

 

言語だけでなく、そこに描かれているものすらも解読不能なことから、何のために作られた書物なのかがいまだ不明なのだとか。

 

そして、ページの右上に番号が振られているのですが、12、59、60、61、62、63、64、74、91、92、97、98、109、110番が書けているためこの両見開き分の28ページは見つかっていないそうです。

 

ヴォイニッチ手稿の起源と現在までの来歴とは

ウィルフリッド・ヴォイニッチ

 

ヴォイニッチ手稿は、1912年にイタリアの『ヴィラ・モンドゴーネ』という修道院でウィルフリッド・ヴォイニッチにより発見されました。

 

発見した際にヴォイニッチはラテン語で書かれた手紙を発見しました。

 

その手紙の中には、かつて1586年に神聖ローマ帝国のルドルフ2世が600ダカット(現在に直すと数千万円)で購入していた、という記述があるそうです。

 

聞くところによると、ルドルフ2世は芸術や錬金術に趣のある皇帝だったらしく、多くの錬金術師を集めては研究をしていたそうです。

 

その皇帝がヴォイニッチ手稿は錬金術に関する記述のある古文書だと聞きつけ大金をはたいて買ったものの、解読できず他社に譲ったとされています。

 

その後、残っている最古の資料によると1630年代に錬金術師のゲオルグ・バレシュがこの書物を解読しようとするも失敗、バレシュの友人のマルクス・マルチが譲り受けます。

 

そして、当時博学で有名だったアタナシウス・キルヒャーに寄贈されているとされています。

 

現在では、1920年代頃からイェール大学の『バイネキ稀覯本・手稿図書館』に寄贈されており、インターネット上でも閲覧することが可能となっています。

 

ここで疑問に思うのが、「ルドルフ2世にこの古文書を売った人物は誰か」というところです。

 

この点に関しては文献が一切残っておらず、皇帝が錬金術に関心があると知った市民が「錬金術に関するデタラメな本を作って高値で売りつけよう」と画策したのでは、という説もあります。

 

しかし、当時は羊皮紙で240ページ以上のモノを作ろうとすると100万円以上はするほど高価なものだったそうです。

 

もしお金儲けの目的で作るのであれば、わざわざ素材にまでこだわる必要がないはずです。

それにも関わらず、何かの目的によって書かれた書物のため謎が謎を呼ぶ古文書として多くの有識者がその解読に挑戦しています。

 

ヴォイニッチ手稿の解読した人が語る中身とは

ヴォイニッチ手稿を解読した人々

ヴォイニッチ手稿は、ある研究により少なくとも1400年代以降に作られていると特定できています。

寄贈先であるイェール大学の協力を経て、2011年に「放射性炭素年代測定」という手法により羊皮紙が何年前に作られたものかを測定しました。

 

すると、およそ1400年代初頭であることが判明。ヴォイニッチ手稿が作成されたのがその年代かどうかは定かではありませんが、1400年代からおよそ600年以上もの間誰にも解読されていないことになります。

 

あまりにも解読が不可能なため、この手稿には様々な説が浮上しています。

 

ヴォイニッチ手稿は人工言語説

ウィリアム・フリードマン

 

「ヴォイニッチ手稿は人工言語でできている」と主張したのは暗号の天才と呼ばれたウィリアム・フリードマンです。彼は第二次世界大戦で日本軍のパープルコードを解読し貢献したとされ、この手稿の解読にも着手しています。

 

しかし、彼をもってしても解読が不可能だったため、『暗号、というより人工言語の類ではないか』と推測されています。

 

 

ヴォイニッチ手稿はデタラメな言語説

エドワード・ケリー

 

次に有力な説というのが、「ルドルフ2世に高く買ってもらうためにでっちあげて作ったのではないか」説です。

 

錬金術にひどくハマっていたルドルフ2世に対し、錬金術に関するデタラメな記述を書けば、高値で買い取るに違いない、とイングランド生まれの「エドワード・ケリー」という錬金術師が制作した線も噂されています。

 

一見、この説が本当であればデタラメな言語や、存在しない植物の挿絵などに対して合点がいくのですが、言語学者の見解では「デタラメな言語ではない」とされています。

 

なぜなら、ヴォイニッチ手稿に書かれている言語には英語で言う接続詞、接頭語などの特定のパターンがあり、デタラメに記述した人工言語よりも普段私たちが使っている「自然言語」の特徴に近いものが多くみられるそうです。

 

もし自然言語とするならば、ヴォイニッチ手稿は絶滅した民族が利用していた言語のひとつかもしれません。

 

ヴォイニッチ手稿はトルコ古語説

付箋を貼りながら解読を進めるアメット・アーディックさん

 

数多の有識者が解読に失敗するなか、2018年に新たな解読者が「トルコの古語に似ている箇所がある」という発見をしています。

何とその人物はアメット・アーディックさんというカナダ在住の電気技師なんだそうです。

 

初めてヴォイニッチ手稿を見たときに語の並びやパターンが母国のトルコ語に似ていると気づいてから、2018年3月から査読を続けているそうです。

 

アーディックさんはすでにヴォイニッチ手稿からトルコ古語に似ている語を300以上も解読完了しており、内容や数字なども解読されてきているため、現在最も有力な解読候補とされています。 

 

アメット・アーディックさんに関する記事↓↓

Gigazine-ヴォイニッチ手稿はどのようにして「世界一ミステリアスな本」になったのか?

 

ヴォイニッチ手稿には何が書かれているのか?その真実はいまだ不明

 

内容としては、ルドルフ2世が購入したこと、書物の中にたくさんの植物や薬草に関する挿絵があることから『錬金術に関する古文書』であると主張されていたり、またその一方で浴槽につかる女性の図や生活にまつわる挿絵もあることから

女性の生活に関する参考書的な役割もあったのではないかとも言われています。

 

いずれにしろ、様々な憶測が飛び交っているため何が本当なのかも判別がつかない状態です。

 

誰が、何の目的でこの手稿を作ったのか?そして、内容も分からない本がなぜ各地で高額な取引が行われていたのか?

 

その真実はもはや誰にも分からなくなっている、まさに「世界一ミステリアスな本」なのです。

 

正確な内容が公表されるまで、アメット・アーディックさんがいち早く言語の解読をしてくれるのを待つしかないようです。

 

 

追記

現在、アメット・アーディックさんがヴォイニッチ手稿のおよそ30%ほどをすでに翻訳済みとのこと。

読めなかった言語の謎としては、「著者は聞いた英語をそのままトルコ語で書いていたから」という理由で解読ができなかったのではないか、とされています。

 

どういうことかというと、英語圏の人が、日本人のカタコト英語を聞いたまま別の言語でそれっぽくかいた、といった感じです。

 

そのため、何の言語を使われているのか判別できず今に至る、といった状況のようです。

 

内容自体には今のところ真新しいものはなく、植物の生産者とその価値についての内容が書かれているそうです。

 

詳しい動画と記事の内容がこちらから確認ができます。

【悲報】ヴォイニッチ手稿、暗号でも何でもなく単に発音表記してただけっぽい

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